1960年頃 エルヴィス・プレスリーに憧れてピックギターを弾き始め、数ヵ月後にレコード店で “禁じられた遊び”を 偶然聴き、クラシックギターに興味を持つ様になりました。
その後、小原安正先生に教えていただく機会に恵まれプロの道に進みます。 |
1969年7月
オスカー・ギリアのマスタークラスを受講、ディプロマを得る。
レッスン風景 −銀座ヤマハホールにて公開レッスン−
高輪プリンスホテルにて 左から 石月一匡 小山文雄 オスカー・ギリア
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1972年11月23日
東京金属健保会館ホール
小山文雄ギターと室内楽演奏会
パンフレット
現代ギター誌‘73年1月号 写真中央 小山文雄
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1973年9月28日
第一生命ホール
第111回 コンセール・アミ ちいさな旅に出演
パンフレット
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1974年4月20日
東京文化会館小ホール
小山文雄・今野有二ジョイントリサイタル
ギターニュース誌‘74年4月号
現代ギター誌‘74年6月号
パンフレット
音楽の世界‘74年6月号
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1974年4月22日
第一生命ホール オルケスタシンフォニカ タケイ 定期演奏会 武井賞受賞曲を発表演奏
ギターニュース誌‘74年5月号
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1974年
N. イエペスのレッスンを受ける
ギターニュース誌‘74年5月号

左から 小山文雄 篠原正志 荘村 清 N.イエペス |
1974年9月2日
青山タワーホール
小原安正と弟子達によるコンサート Aコンサートに出演
Bコンサートに小山文雄門下の金平順江が出演
パンフレット
左記記事
ギターニュース誌‘74年10月号

写真上右から
小原安正 芳志戸幹夫 小原聖子、
下 中央 小山文雄
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1974年10月30日
東京金属健保会館ホール 第6回 ギター作曲家集団 作品展で作品演奏
パンフレット
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1975年6月4日
第一生命ホール
社団法人 日本ギター連盟 主催 ギターの祭典第2夜 スペシャルコンサートに出演
パンフレット
ギターニュース誌‘77年5月号
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1975年
ギターミュージック誌‘75年7月号 教室紹介
ギターニュース誌‘75年7月号 教室紹介
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1975年10月7日
東京金属健保会館ホール
武井賞受賞作品の夕べ 受賞曲を演奏

現代ギター誌‘75年12月号

上記記事
音楽の世界誌‘76年1月号
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1975年12月1日
東京金属健保会館ホール
ギター作曲家集団 作品展bV 作品演奏

写真上 小山文雄 現代ギター誌‘75年2月号
パンフレット

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1975年12月22日
青山タワーホール 若ギタリスト交流演奏会第三弾 歳末チャリティーギターコンサート に出演
パンフレット
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1976年3月30日
東邦生命ホール CDMギターコンサートSeriesbS 2重奏の夕べ に出演
パンフレット
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1976年5月
A.ルイス・ピポーのリサイタルにて
ピアニストのピポーは“唄と舞曲第一番”を作曲したあのピポーです。
関連記事、この項より2つ下の1976年9月の、コンサートを終えてにあります。
演奏後の楽屋にて

左から 小原安正 ピポー 小山文雄 花束から一輪づつお嬢さん達に、絵になっていました。
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1976年6月28日
第一生命ホール ギターの夕べに出演
パンフレット

左から 小原安正 ピポー 小山文雄 ギターミュージック誌‘76年10月号

コンサート後の打ち上げにイエペスも参加して。 |
1976年9月4日
東京文化会館小ホール
題3回 小原安正とその弟子たち 知られざる曲を訪ねてに出演
左記記事
ギターミュージック誌‘76年11月号

パンフレット
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1977年4月15日
第一生命ホール
社団法人 日本ギター連盟10周年記念コンサート Cコン に出演
パンフレット
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1977年7月5日
石橋メモリアルホール
武井賞発表演奏会 に出演
ギターニュース誌‘77年9月号
ギターニュース誌‘77年6月号
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1977年11月14日
ルーテル市ヶ谷センター
小山文雄ギターリサイタル
左記記事
現代ギター誌‘78年2月号

パンフレット
ギターニュース誌‘77年12月号
ギターミュージック誌‘78年2月号

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1978年3月27日
大一生命ホール
武井賞発表演奏会 に出演 |
1978年6月29日
ルーテル市ヶ谷センター
第1回ジョイントコンサート に出演
パンフレット
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1978年7月5日
第一生命ホール 第14回 ギターの祭典 に出演
ギタ−ニュース誌‘78年8月号
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1978年8月
現代ギター誌‘78年8月号臨時増刊号 私の愛器に当時の使用楽器ベルナベが紹介される。

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1978年3月30日
ルーテル市ヶ谷センター 武井賞発表演奏会 に出演
ギターミュージック誌‘79年6月号

写真左小山文雄
現代ギター誌‘79年6月号
写真中段後列左から
小山文雄 鈴木巌 兼古隆雄 吉田光三 宇田川禎一 小胎剛
前列 〃 野田暉行(受賞者)清水 環
左記記事
ギターニュース誌‘79年5月号
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1979年11月5日
千葉県文化会館小ホール
小山文雄と4人の友
ギターニュース誌‘79年12月号
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1979年11月
ギターミュージック誌教室訪問
ギターニュース誌‘79年12月号
左端 小山文雄 |
1979年12月1日
千葉県文化会館小ホール
ちばぎたあの会 出演
現代ギター誌‘80年2月号
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1980年1月24日
中野文化センターホール
ニューイヤーコンサーに出演
ギターニュース誌‘80年1月号
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1980年3月31日
セヴンシティーホール
武井賞発表演奏会に出演
現代ギター誌‘80年3月号
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1980年7月12日
ルーテル市ヶ谷センター
小山文雄ギターリサイタル
ギターミュージック誌‘80年8月号
ギターミュージック誌‘80年8月号
パンフレット
現代ギター誌‘80年9月号

ギターニュース誌‘10月号
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1981年3月13日
セブンシティーホール
武井賞発表演奏会に出演
現代ギター誌‘81年5月号

写真右下左端 小山文雄 |
1981年7月11日
千葉県文化会館ホール
小山文雄とその6人の友
ギタ−ミュージック誌‘81年9月号
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1985年12月4日
読売新聞紙上に紹介される
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1983年9月18日
MY CONNCERT pert3 開催
ギターミュージック誌‘83年12月号

小山禎章10才 |
1984年9月
MY CONNCERT pert6 開催
小山文雄・小山禎章 親子二重奏

禎章11才 |
1992年
第35回 東京国際ギターコンクール第二次予選審査員を勤める。
この年の1位入賞者は、現在トップギタリストの一人として活躍中の村冶佳織さんでした。森の妖精を思わせる様な清らかな美しい音と演奏が印象に残っています。
私の教え子であります金平順江と野沢晃、両氏もそれぞれ数回ずつこのコンクールの審査員をした事を付記します。
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1980年代初め、この時期を期に中央での演奏活動が終ります。当時、自分の身に起きた重大な異変に私はまだ気付いていませんでした。ギターが弾けなくなったのは、
自分の能力の限界が来た為と思っていました。
約10年後の1994年に衝撃的な事実を医師から告げられます。
10年以上前から中枢神経に異常をきたしている事。手術以外に道はない事。微妙な手術で、最悪の場合は全身麻痺になる事。手術が成功すれば時間はかかるが元に戻る事などを知らされます。
手術は無事終わり、長い間傷められた神経の復活を目指しギターを弾き続ける事になります。
これからの数年は、ギターを演奏する私にとって表現の方法が無いほど大変な日々でした。
しかし、ここで中断すれば自分のギター人生は終ると本能的に察していたのか。どの様な状態になってもギターは捨てられなかったのか。
理由はともかく、続けていて良かった、と、今ではつくづく思います。
徐々に指の動きも回復し、いつの日か、もう一度、本来の自分の音を皆様に聴いて頂きたいと意欲を燃やしています。
私の数年前に同じ手術をされた、指揮者の岩城宏行氏が昨年末に演奏したベートヴェンをTVで断片的でしたが聴かせて頂き、溢れる涙を抑えきれないほど感動しました、勇気付けられました。
今後は自分の練習と共に、後進の指導に力を注ぎ、教室から一人でも多くのギターファンが誕生する事を願い、ギターと共に進んで行きたいと思っています。
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